文化

ジェームズ・ミッチェナーが書いた小説の『ハワイ』。
アメリカ中で多くの人によく読まれるようになった小説ということで、映画化にもなった。
このように、文学作品では、ハワイの先住民の描き方としては、悲劇の主人公というのが主であった。
しかし、一方、1700年代後半から1800年代前半ぐらいになると、ハワイがヨーロッパ人にとって魅力的なり、リゾート地として考えられるようになると、近代化を目指すと同時に英語の教育をはじめとする、先住民への同化政策を行うことで、民族意識の低下がおこり、混血も進むことで純粋なハワイ先住民がいなくなってしまった。
1970年代以降では、黒人運動といった市民運動を通しての文化的多元主義が認識されるようになり、ハワイ先住民の復興運動も注目されるようになっていった。
1974年には、連邦議会に提出されたアメリカ先住民事業法が通り、この法案によって、公式にハワイ先住民がアメリカ合衆国の先住民として公認されることとなった。
1978年、州政府はハワイ先住民が直面する数々の問題を解決すべく、ハワイ人問題事務局(OHA)を設置した。

ハワイの伝統芸術であるフラやハワイアン・ミュージックやパニオロ。
この伝統を復活させようとする動きも起こることとなった。他にも、ハワイの伝統的なゲームであるコナネを浸透させていった。
アフプアアやペトログリフといった先住民が作った文化的な制度や考古学的な史跡の研究が復活した。
また、エルビス・プレスリーで知られる「ブルーハワイ」という映画がきっかけとなり、そのリゾート的な魅力が取り上げられるようになり、歴史を問い直したり、食文化を復活させるといったハワイアン・パラドックスをなくしていくなど、あらゆる方面に伝わっていき活性化された。俗にいうハワイアン・ルネッサンスともいわれているものである。

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